難題が山積み状態のエネルギー事情
株式会社 伊藤リサーチ・アンド・アドバイザリー 代表取締役兼アナリスト 伊藤 敏憲 氏
・すべての国や地域において、エネルギー政策はきわめて重要であり、その基本方針は、安全性の確保を大前提に、エネルギーの安定供給の確保を第一義として、経済効率性と環境適合をバランスよく達成することとされている。一方、地球表面の大気や海洋の平均温度の上昇に伴って、異常気象の頻発、海水面の上昇、気候変動による生態系や人類の活動への影響などの問題が深刻化しており、平均温度上昇の要因として人為的な温室効果ガス(GHG)の放出が問題視されるようになった。現在、GHG排出量の約8割(日本では約9割)をエネルギー起源の二酸化炭素が占めているので、エネルギーと地球環境問題は表裏一体の関係にあり、エネルギー利用の効率化(省エネ)とエネルギーの低・脱炭素化が大きな課題になっている。
・世界の一次エネルギー供給量とエネルギー起源二酸化炭素排出量の国・地域別構成比の推移を見てみると、2024年度時点において、一次エネルギー供給量の63.2%、エネルギー起源二酸化炭素排出量の68.8%を新興国と発展途上国が占めている。また、2024年の世界の一次エネルギー供給量の構成比は、石油33.6%、天然ガス25.1%、石炭27.9%、原子力5.2%、水力2.7%、再生可能エネルギー(以下、再エネ)5.5%である。日本の一次エネルギー国内供給量の構成比(2023年度)は、石油35.7%、天然ガス・都市ガス20.6%、石炭24.4%、原子力4.1%、水力3.7%、再エネ(水力を除く)8.3%、未活用エネルギー3.1%で、上記の世界全体の数値と比較すると、日本は導入が遅れていると指摘されることが多い再エネの構成比が低くないことがわかる。これは、太陽光の導入が進んでいるからである。
・2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画では2040年度のエネルギー需給見通しと温室効果ガス削減目標が新たに設定された。この目標を実現するために、省エネ・非化石転換、脱炭素化電源の拡大と系統整備、次世代エネルギーの確保・供給体制、化石資源の確保・供給体制、CCUS(二酸化炭素の回収・利用・貯留)・CDR(二酸化炭素除去)などの施策によってエネルギーの安定供給を確保しつつ、GHGの排出量を2013年度比で2040年度に73%削減するという目標が掲げられているが、これは容易ではない。2040年の部門別の二酸化炭素排出量の削減目標の中間値は、2013年度比で、産業▲59%程度、業務▲80%程度、家庭▲75%程度、運輸▲73%程度、その他転換▲85%程度である。このような水準で二酸化炭素排出量を削減していくためには、仮に電力の低炭素化が計画通りに進んだとしても、2040年度までにエネルギー利用機器のほとんどを更新して省エネと低・脱炭素化を推進していく必要がある。機器の耐用年数や更新のための事業者や国民の負担を考慮すると計画の達成が困難であることがわかる。
・また同計画では2040年度に一次エネルギー供給量の4~5割を再エネでカバーするとの目標が掲げられている。ところが、今年8月に三菱商事洋上風力発電が、中部電力系のシーテックなどと共同で設立したコンソーシアムを通じて落札した洋上風力発電の3事業から撤退すると発表したことで、大規模な導入が期待されていた洋上風力の先行きに暗雲が広がった。これらの事業の継続が困難になった要因である事業コストの上昇による採算の悪化は、洋上風力に限らず、ほとんどすべての再エネ事業に共通して起きている事象である。さらに太陽光の設置工事に伴うトラブルの増加、太陽光・風力の大規模開発に反対する住民運動などの広がり、バイオマス燃料の海外調達の困難化なども勘案すると、経済合理性を半ば無視するような大規模な政策支援の導入、再エネで発電した電力の買取価格の引き上げ、国民の反対を抑え込むような開発支援などを実施しない限り、導入がさらに加速するとは思えない。仮に、再エネの導入支援策がさらに拡充されたとしても、風力、地熱、水力などの大規模事業は、計画段階から稼働に至るまでのリードタイムが長いので、2040年までに導入目標を達成するのは容易ではないと思われる。
・第7次エネルギー基本計画で掲げられたGHG排出量の削減を含む諸数値目標を達成するためには、切り札の一つである原子力発電所の利用率を着実に高めていく必要がある。そのためには、規制のあり方を、安全の確保を大前提に原子力施設の利用を促す内容に見直す必要があるように思われる。原子力発電を中長期的に維持するためには、巨額の投資が必要で資金回収に長期間を要する原子力発電所の特殊性を考慮し、改良(安全対策工事を含む)、新設・リプレースに必要な資金の調達を支援するしくみ、および投資資金の回収を保証する制度などを整備する必要があると思われる。また、不足が懸念されている原子力関連人材を確保するために、人材育成の支援、安全の確保に直接影響を及ぼさない分野でのDX(AI、IoTの活用を含む)の推進による省力化・効率化なども必要と思われる。原子力利用の正常化は、今後の追加コストを考慮すると脱炭素化に向けて最も費用対効果が高く、即効性があり、エネルギーの安定供給確保にも資する対策である。ただし、すべての国民の原子力に関する懸念を払しょくすることができるとは思えないので、国が主導して取り組むべきと思われる。
・原油の需要は2023年に続いて2024年も史上最高を更新したが、世界各国で行われているインフレ対策や中国の景気低迷などの影響により、需要の伸びは2%程度の低い伸びにとどまっている。供給面では、世界最大の原油・天然ガス生産国である米国の生産量が増加しているが、OPECプラスが協調減産を続けて過剰供給の抑制に取り組んでいたこともあり、需給に大きな変化が見られなかったが、原油の需要の伸びが1%程度にとどまる中で、OPECプラスの有志8カ国(サウジアラビア、ロシア、イラク、アラブ首長国連邦、クウェート、カザフスタン、アルジェリア、オマーン)が、220万バレル規模で実施していた自主減産を9月に解消し、サウジアラビアなどが増産し始めたこと、イスラエルとパレスチナのハマスとの紛争が緩和に向かったことなどが影響し、原油価格は2025年後半に60ドル前後まで軟化している。2026年は、主要産油国の増産によって原油の需給は緩和傾向で推移すると見込まれるので、原油価格は横ばいから弱含みで推移すると予想される。
・ブラジルのベレンで、11月10日から21日まで国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)が開催される。GHGの排出量が増加傾向で推移し、地球温暖化にブレーキがかからず、その影響がますます深刻化する状況下で、トランプ大統領がパリ協定からの離脱を宣言し、米国はCOPにも公式参加しないとしているので、COPの影響力の低下が懸念される中での今回の会議では、EUと、GHG排出量の増加、都市化、森林など自然環境の破壊などによる影響などが深刻化している中国、インド、ブラジルなど新興国、気候変動対策に取り組むに際して、先進国やグローバル企業から温暖化対策の資金や技術などの支援の獲得、自国の負担の軽減などを求めようとしている発展途上国との間で、どのようなせめぎあいがなされるかが注目される。日本は、単独ではGHGの中長期削減目標の達成が難しい状況を踏まえ、多国間協力、それによるGHG削減効果の移転といった国際メカニズムの実現に向けた取り組みが必要と思われる。

