脱炭素電源の拡大に向けたエネルギー戦略の条件
日本経済新聞社コメンテーター 松尾 博文 氏
・ロシアによるウクライナ侵略、イスラエルとパレスチナの衝突、さらにトランプ政権の国際協調に背を向けた姿勢など、エネルギーを取り巻く環境が国内外で大きく変化する中、新たな第7次エネルギー基本計画が策定された。
・電力を大量に必要とする人工知能の普及と、その活用に欠かせない高性能半導体工場やデータセンターの新増設により、電力需要の増加が世界規模の課題となりつつある。エネルギー安全保障の再評価と増大する電力需要の下、米国の巨大テック企業やEUにおいて、脱炭素電源である原子力発電に対する再評価が進む。
・基本計画の目標実現には高いハードルが控える。2040年度の電源構成について、再エネを4~5割程度と定め最大の電源に位置づける。原子力を2割程度とし、再エネと原子力の脱炭素電源合計で最大7割を確保する。しかし、再エネ拡大の切り札として期待されている風力発電事業は、資材や人件費など事業コストの急上昇により国内外で逆風にさらされている。原子力の導入も簡単ではない。計画の実現には2022年度実績の約4倍の発電量が必要になる計算であり、建設中の3基を含む、国内36基の原発のほぼすべてが動かなければならない。
・脱炭素電源を伸ばすには、地域経済の発展につなげられるかが重要。データセンターなど電力多消費施設の立地は、脱炭素電源が豊かな北海道などが有力な候補地だ。北海道から東京へ電力ケーブルで電力を送るよりも、北海道の施設と東京を通信回線で結んでデータをやりとりする方が投資を抑えられる。原発4基が早々に再稼働し脱炭素電源が6割を占める九州では、東京より電気料金が2割安い。台湾積体電路製造が熊本県への工場進出を決めた理由が、安価で安定的な電力の存在だったことは無視できない。
・国際エネルギー機関によれば、中国は2030年に太陽光パネル市場の約8割、風力発電機は6割超、電気自動車用の蓄電池は約7割のシェアを握ると試算する。またそれらの製造に欠かせない鉱物資源でも中国の存在感が大きい。日本が再エネを最大限活用し、脱炭素技術に支えられたエネルギー転換を進めるには、製品や原材料を安定確保するための新たな時代の資源安全保障の重要性が増す。

