東北エネルギー懇談会

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「ひろば」534号 発行

2026.01.27|広報誌

特集

COP30を含む地球温暖化の国際情勢と日本の課題
東京大学公共政策大学院客員教授 エネルギー・金属鉱物資源機構特命参与 有馬 純氏

(本文要約)

・2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画は日本のNDC(各国が決定する温室効果ガス削減目標)と表裏一体の関係にあるが、いくつかの特筆すべき点がある。

 

・第1に原子力発電の位置づけが明確化されたことである。第4次エネルギー基本計画以来、日本のエネルギー政策を呪縛してきた「原発依存度の可能な限りの低減」が削除され、再生可能エネルギー(以下、再エネ)と原子力をともに最大限活用するとの考え方が明記されたことだ。
 福島第一原子力発電所事故以降、反原発メディアなどによって、原子力と再エネを二者択一的にとらえる主張が世論にも大きな影響を与えてきた。今回のこの呪縛から脱却できた理由は、ウクライナ戦争などにより国際エネルギー情勢の不透明性が高まり、エネルギーの低廉かつ安定的な供給が喫緊の課題となったことが大きい。
 反原発派の理想であったドイツで電力コストが大幅に上昇し、製造業が苦境に瀕していることもあるだろう。「ドイツを見習え」ではなく「ドイツの轍を踏むな」となったのである。
 もちろん莫大な原発投資を可能にするような政策的枠組み、原子力安全規制の合理化、原子力賠償の無限責任の見直しなど、やらねばならないことは山積している。何より日本の原子力を復活させるという政権の強い決意と行動が不可欠である。

 

・第2の特筆すべき点は、エネルギー需給見通しにおいて複数シナリオが提示されたことだ。
 2050年カーボンニュートラルに向けて4つのシナリオ(再エネ拡大、水素・新燃料活用、CCS活用、革新技術拡大)が提示された。それに加えて2040年度時点において脱炭素技術の大幅なコスト低減などが十分に進まないリスクケースを想定し、「こうした場合にも、LNGの長期契約の確保など、エネルギー安定供給の確保に万全を期す」と明記した。
 削減目標先にありきの「都合の良いシナリオ」よりも蓋然性の高い「リスクケース」を想定した意義は大きい。リスクケースでもエネルギー安定供給に万全を期すということは、温暖化目標をすべてに最優先するのではなく、コスト如何によってエネルギー安定供給を優先することであり、ウクライナ戦争前の脱炭素最優先的な風潮から、より常識的な方向にバランスがシフトしていることを示す。

 

・第7次エネルギー基本計画の実施に当たって最も重要なのはコストに対する目配りである。
 基本計画では「十分な脱炭素電源が確保できなかったが故に、国内においてデータセンターや半導体工場などの投資機会が失われ、日本の経済成長や産業競争力強化の機会が失われることは、決してあってはならない」としているが、同時に脱炭素政策による国内電力コストの高騰がデータセンターや半導体工場誘致を阻害し、ドイツのように日本の製造業が生産拠点の海外移転を考えるようなことも「決してあってはならない」。
 「脱炭素化に伴うコスト上昇を最大限抑制する」としているが、どの程度のコスト上昇を許容するのか、主要貿易相手国との相対的コスト負担をどうするかが見えない。ペロブスカイト太陽電池(新方式の太陽電池で低コストが見込める)の大量導入やシステムコストが莫大な浮体式洋上風力のコストがきちんと評価されていないことも問題だ。
 基本計画で示された方向に向かう際の「値札」を常にチェックし、何らかのベンチマークに基づき、国際的な負担の公平性を比較するプロセスを確立すべきだ。その結果、コスト負担増が日本の国益を阻害するようであれば、「リスクケース」で想定されたようにエネルギー安定供給を脱炭素化よりも躊躇なく優先させるべきだろう。

 

・日本のエネルギー・温暖化政策の実施に当たっては国際情勢に対する目配りが不可欠であるが、国際情勢も大きく動いている。
 2025年1月に発足したトランプ第2期政権は、米国のエネルギー資源を解放し、エネルギードミナンス(エネルギーにおける国際的優位性)を確立するとの方針の下、国内石油・ガス生産に関わる規制の縮小・撤廃を進めている。温暖化政策については、第1期政権以上に懐疑的であり、7月末には連邦政府の温室効果ガス抑制策の根拠である「危険性認定」の廃止を打ち出した。
 対外的には政権発足初日にパリ協定からの離脱を宣言し、歴代政権の温暖化外交を支えてきた国務省の担当部局も廃止された。筆者は25年近く温暖化交渉をウオッチしてきたが、米国が国際交渉から完全に姿を消すのは初めてのことであり、国連気候変動枠組条約そのものからの離脱も現実味を帯びてくる。
 筆者はかねてから「1.5℃目標」を絶対視し、2050年カーボンニュートラルからバックキャスト(未来の理想像を先に描き、そこから逆算して現在の行動を決定する思考法)した非現実的なエネルギー転換を強要する環境原理主義を強く批判してきた。これに対して国内のエネルギー資源を最大限活用する、エネルギーコストの引き下げによって製造業の米国回帰を図る、消費者の選択の自由を規制によって制約しない、といったトランプ政権のアプローチは常識的にも思える。

 

・トランプ政権のパリ協定離脱により温暖化防止をめぐる多国間枠組みの危機が懸念される中、2025年11月10~22日にブラジル・ベレンで開催されたCOP30の成り行きは注目されるところであった。2025年はパリ協定10周年という節目に当たり、COP30は「行動・実施のCOP」となることが期待された。
 しかし、そもそも何を議題とすべきかで先進国・途上国の対立が表面化した。先進国、途上国のレッドラインに関わる案件については、議長国ブラジルの下でムチラオ(ポルトガル語で共同作業)を実施することとなった。COP30は「野心レベル向上を求める先進国(+島嶼国)」と「資金援助拡大を求める途上国」のせめぎあいの主戦場となった。
 化石燃料フェーズアウト(段階的廃止)をめぐっては先進国・島嶼国などと資源国、中国、インドなどが鋭く対立した。

 

・COP30において最後まで争点となった化石燃料フェーズアウトに関する最終的な検討結果は、予想されたように化石燃料への言及は削除された。 近年の地政学リスクの高まりにより、先進国、途上国問わず、温暖化防止よりもエネルギー安全保障やエネルギー価格の低廉さが最優先になっている。筆者はCOP30の直前、アブダビ国際石油展示会議(ADIPEC)に参加したが、COP28議長であったアル・ジャーベル・アブダビ国営石油会社総裁の開会スピーチでAIなどによるエネルギー需要増に対応するため、再エネのみならず、既存のエネルギー源の供給を強化する現実的なアプローチが強調される一方、1.5℃目標や2050年カーボンニュートラルへの言及がなかったことに驚いた。
 ダニエル・ヤーギン(米国の著名な経済ジャーナリスト)が指摘するようにエネルギー転換に関する国際的な議論は「イデオロギーからプラグマティズム(気候変動対策について、観念的な議論や倫理的な理想にとらわれず、実際に機能する現実的な解決策を探求する考え方)」へ転換している。

 

・「化石燃料フェーズアウトへの言及がないCOPは失敗」といった議論は世界のエネルギーの現実とは整合しない。筆者としては一国主義、ポピュリズムが台頭する中で、温暖化防止に対する国際的な結束を打ち出した議長国ブラジルの努力を多としたい。
 交渉全体を俯瞰すれば、「1.5℃目標達成のため、化石燃料フェーズアウトを含め、野心レベル引き上げとそのためのプロセス強化を最重要視する先進国」と「野心レベル引き上げよりも先進国からの公的資金援助大幅拡大が先決と主張する途上国」の対立構造はまったく変わっていない。1.5℃目標を前提とした議論を続ける限り、現実解不在の状況は続く。
 来年には2028年の第2回GSTに向けたプロセスが始まるが、1.5℃目標の破綻が誰の目にも明らかな中で、温暖化の議論でも「イデオロギーからプラグマティズムへ」が見えてくるだろうか。

 

・このように流動化する国際情勢の中で、日本はどう対応すべきか。「脱・脱炭素が世界の潮流だ。日本もトランプ政権に倣い、パリ協定から離脱し、脱炭素に囚われたエネルギー・温暖化政策を全面的に見直すべきだ」という議論がある。しかし、筆者は環境原理主義を否定する一方、脱・脱炭素論にも違和感を感ずる。
 そのパリ協定から離脱することは、温暖化防止というアジェンダに背を向けることを意味するものであり、日本の「国徳」にも関わる。
 問題はパリ協定の枠組みではなく、1.5℃、2050年全球カーボンニュートラルという実現不可能な目標からバックキャストした非現実的なエネルギー転換を国内外に押しつける環境原理主義である。
 今、世界で起きていることは「理念的な脱炭素論から現実的な道筋への回帰」である。必要なのはコモンセンスである。日本が追求すべきコモンセンスはエネルギー安全保障を基軸とし、エネルギー価格のaffordability(値ごろ感、取得可能性)に留意しながら脱炭素化を進めることだ。またアジア諸国にクリーン技術を展開するとともに、長期の脱炭素化のために革新的技術開発に力を入れることだ。
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放射線のおはなし

太陽と放射線
東北放射線科学センター 理事 石井 慶造氏

せとふみのereport プラス

エネルギーミックスを支える現場からー技術者たちの思いー 東北大学大学院工学研究科量子エネルギー工学専攻 核エネルギーフロー環境工学分野 千田・関研究室

(本文要約)

・東北大学大学院工学研究科量子エネルギー工学専攻の核エネルギーフロー環境工学分野「千田・関研究室」は、放射性廃棄物の地下埋設処分後、何千年、何万年という超長期的なスパンにおいて放射性物質を安定に閉じ込める「バリアシステム」に関する研究を行っている。

 

・研究室を率いる准教授の千田太詩(ちだたいじ)先生は、助教の関亜美(せきつぐみ)先生と事務補佐スタッフ、大学院生7名・学部生4名の学生とともに、物質や熱・エネルギーがどのように地層内を移動していくのかを調べる移動現象論や、物質同士が接した場合にどう変化するかを知る反応工学、地層がどのような構造・性質になっているかを知る地球化学、放射性物質がどう振る舞うのかを調べる放射化学など、多くの学問に基づく「原子力バックエンド工学」に取り組んでいる。

 

・千田・関研究室の重要な研究テーマの一つが「放射性廃棄物処分システムが持つ、バリア性能の自己修復・向上効果」に関する研究である。放射性廃棄物の地層処分施設をつくるときに欠かせないのが、コンクリートやモルタルなどセメント系材料。これらは地下施設の構造材として使われるが、地下水と接することで、水酸化カルシウム(Ca)や水酸化ナトリウム(Na)などのアルカリ成分を溶出させ、周囲の地下水をpH12〜13ほどの強いアルカリ性にする。このアルカリ性の水が岩盤に広がるとどうなるのか? 実は、これが長年の懸念材料だった。つまり、セメントから溶け出したアルカリ性の水が岩盤を溶かし、細かい亀裂を広げてしまい、地下水が流れやすくなってしまうのではないか。そうなれば、天然バリアの閉じ込め性能が低下してしまうという懸念があったのである。

 

・ところが、地下環境で生じる現象を深く掘り下げて研究した結果、意外な事実が見えてきた。高アルカリ性によって一時的にはケイ酸が地下水中に溶け出してしまうが、さらに時間が経過したり、セメント材料から少し距離が離れてアルカリ性が弱まることで、地下水に溶け込んでいたケイ酸が周囲の岩盤の中で固体化し、「二次鉱物」と呼ばれる新しい鉱物を生成する可能性があるという。これにより、一度は広がった亀裂が閉じられ、放射性物質の流出を食い止めるとともに、この二次鉱物が元の岩盤よりもより強く放射性物質を吸着する可能性がある。

 

・「私たちの研究成果に基づけば、将来的には岩盤のバリア性能が自己修復し安定することが期待され、処分システムの信頼性をより高めていけるかもしれない」と千田先生はこの研究の意義と未来像について語る。研究室では、実際に花崗岩の表面にカルシウムを含む高アルカリ性の水を流す実験を行い、水を流した後の花崗岩の表面に微少な凹凸が生成することを確認している。

 

・もう一つ、カーボンニュートラルの観点からも興味深い千田・関研究室の研究テーマが、フライアッシュ(微細な石炭灰)の活用だ。一般的なセメントの原料は石灰石と粘土などを高温で焼いてつくるため、その過程で二酸化炭素を排出するが、一方、フライアッシュは追加で焼く必要がないため、新たな二酸化炭素をほとんど出さない。火力発電所で石炭を燃やした際に発生するフライアッシュを、セメント原料の一部として地層処分場の建設に活用することで、地層処分における二酸化炭素排出量の削減が期待できる。「廃棄物を処分するのに、別の産業副産物を使う。そしてそれが二酸化炭素排出量の削減にもつながる」と千田先生。

 

・千田・関研究室では、フライアッシュを混ぜたセメント系材料が放射性物質をどれだけ吸着できるのか、有害成分を内部に固定し続けられるのか、長期間にわたって安定な状態を保てるのかといった点を、実験とデータ解析で入念に調べているが、その研究を加速させたのが、助教の関亜美先生だ。研究室内での綿密な情報共有を大切にするとともに、ときには学外の研究者との協業やナノテラスを活用した最先端の分析・解析を取り入れたりと、新たなフィールドを切り開いている。「自分自身の研究成果が認められることももちろんだが、指導している学生がそれまでの試行錯誤や苦労を経て、学会や学位審査の際に堂々と発表してくれる姿を見るのは励みになる」と関先生は話す。

 

・エネルギーミックスを支えるのは、発電所や送電網といった目に見えるインフラだけではない。その背後には、バックエンドという「見えない課題」があり、それに向き合う研究者たちがいる。第7次エネルギー基本計画では、原子力発電を現状の9%から2040年度に2割程度まで引き上げることを見込んでおり、それに伴う放射性廃棄物の排出も避けられない。その「出口」となるバックエンドの確実な道筋を研究し続けている千田・関研究室の取り組みは、原子力を責任を持って使い続けるための、なくてはならない基盤研究であると実感した。
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