旅といえば、やっぱり"ふれあい"。
旅先で人との温かい交流を求めるなら、横丁ほど魅力的な場所はない。 表通りから一歩奥に入った路地裏を彩るネオンや提灯のあかり。福島県のローカル線を降りたら、その土地ならではの名物横丁の暖簾をそっとくぐりたい。そこに漂う香りや人々の声に包まれながら、旅情を味わい、旅の疲れを癒したい。
旅といえば、やっぱり"ふれあい"。
旅先で人との温かい交流を求めるなら、横丁ほど魅力的な場所はない。 表通りから一歩奥に入った路地裏を彩るネオンや提灯のあかり。福島県のローカル線を降りたら、その土地ならではの名物横丁の暖簾をそっとくぐりたい。そこに漂う香りや人々の声に包まれながら、旅情を味わい、旅の疲れを癒したい。
磐越東線の起点・いわき駅から徒歩3分にある夜明け市場は、東日本大震災で被災した飲食店オーナーやいわきを盛り上げたいと集まった起業家が出店する横丁だ。
かつて映画ロケにも使われたレトロな飲食店街「白金小路」をリニューアルし、2011年11月に誕生した。明けない夜はないが合言葉の復興のシンボル的な横丁で、そこにはノスタルジックな独特のムードと復興という名の活気が満ちあふれていた。
https://www.touhoku-yoake.jp/
和楽魚菜亭/代表
北郷 清治さん
北郷さんは高校卒業後、東京・新宿で6年間料理人として修行を積み、故郷のいわきへ戻ってからはゴルフ場のレストランで30年間料理人として腕を振るってきた。
「もっと若い人に魚の美味しさを知ってほしい」――。そんな思いから、ゴルフ場を辞め、いわき市久ノ浜地区に居酒屋・和楽魚菜亭を開店した。
しかし、開店から間もない2011年3月。東日本大震災の津波は北郷さんから魚菜亭を奪い去ってしまう。
それでも立ち止まらなかった。同年11月、いわき駅前に横丁「夜明け市場」がオープンすると聞き、迷わずそこで魚菜亭を再開した。
北郷さんは語る。「夜明け市場は昔の商店街のように、店主同士がふれあって助け合いながら仲間になれる横丁なんだ。今日まで店が続いているのは、食べに来てくれるお客さん、支えてくれる仕入先、そして横丁の仲間たちのおかげ。感謝してもしきれないよ」。
この日も突然団体予約が入り人手が足りなくなると、北郷さんはなぜか常連客に電話をかけ始めた。しばらくすると、ひとりの常連客が店に駆けつけ、調理場で黙々と食器を洗い始めた。「人手が足りないときはお客さんを使うんだ。でも、みんな何も言わずに手伝ってくれる」。そうサラリと言ってのける北郷さんは横丁の達人である。
常連客の根本さん、従業員のバームさんと
おでんと福島の地酒
福島交通飯坂線の起点・福島駅から徒歩7分にある「こらんしょ横丁」は、2006年7月、福島市置賜町のパセオ通りで産声をあげた。横丁のテーマは、旨い・安全・気軽・適価・ふれあい。屋台だからこそ生まれる店主と客のふれあい、客同士のコミュニケーションを大切にするこらんしょ横丁には地産地消の店舗が並び、この日も遅くまで賑わっていた。
https://www.koransyo.com/
あさねの小法師/女将
岩橋 香代子さん
岩橋さんは日本体育大学で体育教師の免許を取得し、出身地・会津で公務員としてのキャリアをスタートさせた。職場では社会教育主事資格を取得し、住民スポーツ教育の企画・立案を担当。地域のスポーツ振興に深く関わっていた彼女に、大きな転機をもたらしたのが東日本大震災だった。
原子力発電所事故に伴う避難所で炊き出しボランティアに参加した際、会津の郷土料理「こづゆ」を浪江町からの避難者に振る舞ったところ、涙を流して喜ぶ姿に郷土料理の力を再認識。さらに、当時は県産日本酒が風評被害で全く売れない時期でもあった。こうした経験から岩橋さんは、2013年8月、福島市のこらんしょ横丁に県産食材と県産日本酒のみを扱う店・あねさの小法師を1年契約で開店する。
「お客さんは家族。店には不思議な出会いがあるから、人と人とのつながりを大切にしたいの。そうしていたら、1年で会津に戻るつもりが、気がつけば13年目に入ってしまったのよ」と岩橋さんは笑う。
現在は、スポーツ少年団の指導者を育成する福島県スポーツ少年団指導者協議会で副会長を務める一方、横丁の風紀を守るリーダー的存在として仲間から畏敬の念を込めて「村長さん」と呼ばれる横丁の達人である。
会津の郷土料理「こづゆ」