エネルギーは
国家の安全保障に関わる重要な問題です。
将来のあるべき姿を真剣に
考えなくてはなりません。

私は、原子力発電の安全性を
一層高めて活用していくことが
日本の安全保障のうえで
重要な取り組みであると考えています。

元アメリカエネルギー省副長官 レーガン政権下で大統領補佐官、国家安全保障委員会事務局長、エネルギー省(DOE)副長官を歴任。その後もDOE原子力エネルギー諮問委員会(NEAC)議長など、エネルギー、原子力に関わる要職を歴任。現在、NEAC国際小委員会委員長、また、エネルギー政策を中心としたコンサルティング会社「WP&A」会長も務める。

電気の供給にも大きな被害をもたらした東日本大震災―
迅速な停電解消を成し遂げた必死の復旧活動

マーティン私はこれまで30年以上にわたって世界のエネルギー問題と関わってきました。視察などで日本へもたびたび足を運んでいるのですが、実は私の息子も日本とは深い関わりがあって京都大学にいます。東日本大震災のときは名古屋にいて影響はほとんどなかったようですが、親としてはずいぶん心配をしました。東北地方は本当に大変な状況でしたね。

高橋この大震災では約2万人の方が亡くなったり、行方不明になったりしています。仙台空港に、周辺から流れてきた自動車が山のように積み重なっていた震災直後の光景は、今も忘れることができません。しかし、日本に駐在しているアメリカ軍の人たちをはじめ関係者の尽力によって、空港はおよそ1か月で再開することができました。

マーティン電気の供給も止まって、生活は相当不便になったでしょうね。

高橋発電所だけでなく送電や配電の設備も大きな被害を受けましたので、東北地方では500万軒近くが停電になりました。東北電力の社員は自分の家族や家の被害を顧みず、停電の解消に努めました。こうした努力によって地震から3日で約80%、8日後には94%超の停電が解消しました。残ったのは、津波の被害が激しくてどうしても近づけないような場所や離島だけでした。こうした地域においても、たとえば志津川湾という湾の山側に残った何軒かの家に電気を届けるために、百数十本の電柱を建てました。これは経済性とかではなく、電気の供給責任を果たすためにしたことです。
 福島第一原子力発電所で事故が起こったため、電力会社全体が悪くいわれることが多く、こうしたたくさんの人たちによる必死の復旧活動があまり評価されていないことはとても残念です。

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原子力ゼロの政策は非現実的で、危険を伴う―。
日本は安全保障上の大きなリスクを抱え込むことを認識するべき

高橋福島の事故は日本のエネルギー政策にも大きな影響を与え、2012年に民主党政権は原子力ゼロをめざす「エネルギー・環境戦略」を策定しました。マーティンさんは1980年代のロナルド・レーガン政権時代にエネルギー省の副長官を務められ、オバマ政権でも原子力エネルギー諮問委員会の議長をされるなど、30年以上、アメリカ国内のみならず世界のエネルギー情勢を見てこられました。日本のエネルギー政策はマーティンさんの目にはどう映っているでしょうか。

マーティン日本のエネルギー政策は、1973年の第一次オイルショック以降、一貫した方針で進められてきました。それは、さまざまなエネルギー源を組み合わせて使うエネルギー源の多様化と、中東に偏っていた石油の輸入先を分散する地理的な多様化です。その解決策のひとつとして、原子力の開発も進められました。原子力は、先人たちが日本の将来を真剣に考えて導入したものです。「エネルギー・環境戦略」での原子力ゼロをめざすという考え方は、日本にとっては非現実的な計画ですし、むしろ危険なことだと思います。

高橋危険というのは、原子力発電の代わりに火力発電が増えれば化石燃料への依存、つまり海外への依存が高まり、安全保障上の問題が生じるということですね。

マーティンその通りです。中東はオイルショックの頃と変わらず今も政情が不安定で、2010年から2011年にかけては“アラブの春”と呼ばれる民主化運動による混乱も起こりました。日本がオイルショック以前の状況に戻るとすれば、エネルギー安全保障 のうえで再び大きな問題を抱え込むことになります。
 また、中東から石油や天然ガスを日本へ運ぶ海路はアメリカ軍が守ってきました。そのために、テロリストやさまざまな紛争のなかでこれまでに6万人ものアメリカ人が負傷したり犠牲になったりしました。このことは日本の国民にはあまり知られていませんが、今後も軍隊を中東に置いておく必要があるのか、アメリカ国内で問題になってきています。

高橋アメリカはシェールガスの生産によって近い将来、100%エネルギーの自給ができるようになると予想されていますが、そのことも関係があるのですか。

マーティンそうです。オイルショック時、中東の石油は約80%がアメリカとヨーロッパに輸出されていましたが、現在は約80%がアジア・太平洋地域へ輸出されています。アメリカの中東への依存は非常に小さくなっていて、さらにシェールガスの生産によってエネルギー自給の体制が整いつつあります。こうしたことから、「空母や無人のヘリコプターを置くのはいいが、兵士は国へ返すべきだ」という強い声が国民からあがっているのです。この件について私はオバマ政権の複数の幹部とも話しましたが、残念ながら大統領や共和党も兵士の撤退を真剣に検討しています。

高橋ご存知の通り、日本のエネルギー自給率は4%しかなく、火力発電に使う石油や石炭、天然ガスなどを海外から輸入しています。東日本大震災前は原子力が電気の約30%をつくっていましたが、現在はほとんどの原子力発電所が止まっていて、私の予測ですが2012年は電気の90%程度が火力発電でつくられていると思います。石油の約80%、天然ガスの約25%が中東からホルムズ海峡を通って日本へ運ばれていますので、中東からの海路の防衛は日本にとって本当に重要な安全保障上の問題です。

マーティン天然ガスについては別の懸念もあります。テロリストは今、エネルギー施設を標的にしています。日本の天然ガス輸入の十数%は中東のカタール産が占めていますが、もしカタールの液化天然ガス施設が攻撃されれば、日本への供給に大きな影響が出てしまいます。

高橋日本に自ら中東からの海路を守る覚悟があるのか、ということでしょうか。アメリカは多くの犠牲者を出しながらも国家や世界の安全保障と向き合ってきましたが、我々日本人は、そうした視点から考えてきたのだろうかと身に染みて感じます。

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事故を教訓に原子力発電所の安全性を高めるとともに、
日本とアメリカが世界の原子力をリードしていくことが重要

高橋原子力ゼロの政策には経済上の大きな問題もあります。たとえば、2012年の日本の貿易収支は約7兆円の赤字でした。原子力発電所の運転を停止している分、火力発電を増やすことで3兆円ほど燃料の輸入が増えたことが大きな要因です。これが電気料金の値上げにつながっているわけですが、国内の企業にとっては大きな打撃となり、日本経済全体の競争力が低下することを大変心配しています。

マーティン日本では石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料と水力、原子力によるバランスのよい電源構成で廉価な電力を得ることができていたわけです。原子力ゼロというようなことになると、日本の電気料金はアメリカの電気料金をさらに大きく上回ることになるでしょう。そうなれば自動車産業など、日本の企業、経済に悪い影響が出ることは明らかです。製造業が弱体化してしまったら日本の経済は大きなダメージを受けます。また、原子力ゼロの政策は二酸化炭素の排出量を減らしていく環境政策と矛盾し、その点でも大きな問題です。

  さらに世界的に見ると、日本の輸入量が大幅に増えることで石油や天然ガスの価格が高騰し、世界全体の景気の足を引っ張ることになるのではないかとアメリカは懸念しているのです。私は個人的には、日本が製造立国であり続け、エネルギーの安定供給を確保していくには、従来のエネルギー政策にならい、電気の30%程度を原子力でつくり、化石燃料や再生可能エネルギーを組み合わせていくべきだと考えています。

高橋私も安全を確認したうえで原子力発電所を再稼働するべきだと思いますが、安全ということで紹介したい事例があります。宮城県にある東北電力の女川原子力発電所は東日本大震災のとき安全に緊急停止をして、震災後3か月ほど地域の住民の避難場所にもなりました。事故を起こした福島第一原子力発電所とほぼ同じ規模の地震、津波に襲われたにもかかわらず安全がしっかりと確保されたわけです。これは女川原子力発電所の設計や運転が適切であったことを示していますし、その設計などを他の原子力発電所にも反映させれば、あのような事故は起こらないともいえると思います。

マーティン私はこれまでに女川原子力発電所へは3度ほど行ったことがあります。史上最悪の自然災害に見舞われたにもかかわらず、発電所はしっかりと対処されましたね。地震、津波による被害は非常に悲しい出来事ではありましたが、女川原子力発電所が避難された方々の役に立ったことは非常に心を打つ話です。

高橋原子力に対しては今、非常に悲観的な議論が多いのですが、電力の安定供給のためにも安全保障上のリスクを低減するためにも、何が不十分で事故が起こったのかを冷静に分析して改良を加え、安全性を高めていくことが必要で、さらにそうした新しい技術を世界に広めていくことも日本の責務だと考えています。
 中国や韓国では原子力発電所の建設計画が進んでいますし、発展途上国でも導入が増えていくと思います。今後、さらに日本とアメリカが協力して、あるいはフランスとも協力しながら、世界の原子力をリードしていく必要があると思うのです。

マーティンおっしゃる通りです。原子力へ参入する国が増えれば安全面での不安も生じます。日本とアメリカが原子力の将来をリードして、十分な注意を払っていく責任があります。日本やアメリカ、フランスは質の高い原子炉を提供できるだけでなく、インフラ構築の手助けや人材育成、運転管理なども提供することができます。一方、価格が安くても、安全性や核兵器に転用するような懸念のある国は心配です。

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日本が再処理を進めることは、国際社会における
原子力の平和利用と核不拡散の手本としても、大変に重要な取り組み

高橋日本とアメリカは、原子力の平和利用のために互いに協力する「日米原子力協定」を結んでいるパートナーでもありますから、今後も強固な協力体制を維持していく必要がありますね。

マーティン両国は日米原子力協定によって原子力に関わるさまざまな分野で連携しています。アメリカには日本の高い原子力技術への期待があり、日本の先進的な技術開発力を活かして互いに協力できれば、アメリカにも大きなメリットがあると考えています。
 ですから、日本が原子力を続けることはアメリカにとっても重要なことで、逆に日本が原子力をやめるとなればアメリカの原子力政策にも支障が出てきます。また、アメリカは日本の再処理技術にも注目しています。

高橋日米原子力協定によって、日本は核兵器を持たない国で唯一、再処理など原子燃料サイクルの事業を行うことを認められた国となっています。現在の原子力協定が締結されたのは、まさにマーティンさんがエネルギー省の副長官を務められていたときのことですね。

マーティン現在の日米原子力協定は1987年に合意がなされ、私はレーガン大統領に代わり政権を代表して日米原子力協定を支持する宣言を議会で行いました。原子力発電の使用済燃料を再処理することを認めるということは、日本が核兵器にも転用できるプルトニウムを持つことを意味しますから、この協定はアメリカにとって非常に勇気のいる決断でした。しかし、その後の日本の再処理への取り組みや青森県六ヶ所村につくられた再処理工場をみると、正しい決断だったと思いますし、誇りにも思っています。ぜひとも六ヶ所村の再処理工場の操業を開始してくださいと申し上げたい。あの工場は安全性の面でも核不拡散の面でも世界で最も優れています。

高橋再処理工場は2013年の秋頃の操業開始に向けて着々と準備が進められています。

マーティン再処理によって原子力発電の核燃料をリサイクルしていくことで原子力は日本の有力な国内資源になり、エネルギーの安定確保に大きく役立ちます。また、そればかりでなく、六ヶ所村の再処理工場は核不拡散の良きモデルとして世界的にも大きな役割を持っています。核兵器を持たない日本が再処理を行い、使用済みの核燃料から回収したプルトニウムを安全に管理し、平和的に活用していくことは、国際社会において原子力の平和利用と核不拡散を進めるうえでの手本といえることなのです。

高橋もし日本が再処理を含めて原子力をやめる、あるいは大幅に減らして、石油や天然ガスへの依存を大きく高めるようなことになれば、日本が国家の安全保障上の大きな問題を抱えるだけでなく、石油や天然ガスの世界的な価格上昇や世界全体の原子力発電の安全確保、さらには核不拡散にも大きな影響を与えかねないということですね。

マーティンまさに、その通りです。エネルギーの問題は、グローバルな視点を持つことが大事です。

高橋日本人は個々の救済や個々のリスクについては非常に敏感なのですが、広く全体を見渡すことが苦手なために、かえって全体のリスクを高めてしまうところがあるのではないかと感じています。もちろん、一人ひとりの困っている人を救済するのは当然のことですが、同時に全体のリスクを軽減させるという観点を持つことも重要だと思います。
 たとえば今回の福島の事故でも、避難をされた方が「大変な事故が起こったのだから、原子力はやめたほうがいい」と主張されれば、心情的に反論はしづらいものです。しかし、原子力発電所の運転停止によって国家の安全保障上のリスクが高まることを、きちんとお話しして理解を深めていただき、よりよい日本の未来をめざすことが重要だと思っています。

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エネルギーの問題は国内事情だけでは語れないー
広い視野を持って、さまざまな角度から考えていきたい

マーティン日本とアメリカは石炭をクリーンに利用する技術でも協力しあうことが大切です。アメリカは発電にたくさんの石炭を使っていますし、日本でも石炭火力は重要な電源のひとつです。埋蔵量が多い石炭は、さらに中国をはじめ世界でも使用量が増えていきます。多くの二酸化炭素を排出する石炭をクリーンに利用する技術の分野でも、日本とアメリカがリーダーシップを発揮して世界に貢献していくべきでしょう。

高橋おっしゃる通り、原子力だけでなく、エネルギー全般にわたっていろいろな面で協力しあっていくことがますます重要になってきていると思います。

マーティンそれに発電の効率性でも日本は優れた技術を持っています。アメリカの火力発電の熱効率は35%程度ですが、日本では約60%に達しているものがありますね。中国などへそうした技術を輸出すれば、世界全体のエネルギー利用の効率を高めることになります。

高橋天然ガスを使ったコンバインドサイクルの発電ですね。確かに世界で一番といっていい高い技術を持っています。この技術が広く活用されれば二酸化炭素の排出量が減り、地球環境を守ることにも貢献できると思います。

マーティンさらに太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの分野でも、日本は非常に先進的な技術を持っています。日本が世界に対して果たすべき役割は大きいと思います。

高橋かねてより私は、エネルギーの問題は国内の事情だけでは語れないことであり、世界との関わりのなかでとらえていくべきだと考えていたのですが、マーティンさんとお話をして、その考えがより強まりました。そして日本の多くの方々に、より広い視野で、さまざまな角度からエネルギー問題について考えていただきたいという思いを、改めて強くしました。

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