エネルギーの話は空想論ではなく、しっかり地に足をつけた現実論として
議論することが大切だと思います。

(よしざき たつひこ) 総合商社日商岩井(現双日) 調査・環境部、ブルッキングス研
究所客員研究員、総合研究所調査グループ主任エコノミストなどを経て、現職。ホー
ムページ「溜池通信」で世界の政治経済を鋭く分析。

(わたなべ つねお) ニュースクール大学政治学修士課程修了後、ワシントンのCSIS戦略国際問題研究所で日本の政治・外交、日米関係の分析に従事。三井物産戦略研究所主任研究員を経て、2009年より現職。

技術の革新によって大きく変わるエネルギーの長期予測はむずかしい

吉崎将来を考えるためのいろいろな長期予測がありますが、一番はずれないのは人口動態。逆に一番はずれるのはエネルギーで、しかも、特に長期の見通しが必要なのもエネルギーなんです。最近のはずれた例はシェールガスです。長い間、採算がとれませんでしたが、技術が確立され、アメリカはさらなるエネルギー大国になろうとしています。しかし、オバマ政権が本来、めざしていたのはシェールガスではなくて、太陽光や風力などグリーンエネルギーの開発でした。

渡部イノベーションは意外なところからやってきますね。インターネットも初めは軍事用の技術でしたが、民間による技術革新によって大きく広がりました。

吉崎馬は350度もの広い視野があるのですが、イノベーションはその目の端のほうから現れる。つまり、まっすぐ前からは出てこないというのが、未来予測をするときの一つのコツだそうです。ですから、IT産業の次はバイオマスだとか、日本の成長戦略としての再生可能エネルギーなど、みんなが口を揃えていっているようなことは意外と当たらないんですね。

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資源の確保、電力の安定供給に尽力した先人たちに改めて目を向けたい

渡部私は小学生のとき、日本には資源がないことを知って、資源開発のエンジニアになろうかなと思ったことがあります。資源がないという状況は今も変わらず、大きな問題です。エネルギーを得るための開発や輸入、そして国際的な協力がますます重要になっています。

吉崎エネルギーのなかで一番身近なものは電力ですが、日本初の発電所ができたのは1887年。最初は火力、その後は大型プロジェクトとして水力開発が進められ、日本の産業発展の大きな原動力となりました。

渡部映画の「黒部の太陽」ですね。

吉崎黒部ダムをつくるのに、資本金130億円の関西電力が400億円の投資をする、これは正気の沙汰じゃないですよね。でも、電力不足をどうにかしたい。電力の安定供給に対する当時の人たちの思いがほとばしっている、いい映画でした。

渡部その時代に比べると、電気をつくること、送ることへの関心が今は薄れていますね。

吉崎エネルギーに関する議論がうまく進まない理由の一つは、電力のユーザーにオーナーシップ感覚がないからだと思うんです。電気料金を払っている消費者は誰もが電力のオーナーなのです。オーナーの立場から当事者意識を持って考えることで、視野が広がるのではないでしょうか。

渡部歴史を振り返れば、電気がないと困るからお金を出し合って小さな電力会社をつくっていた。それが次第に大きくなって、電力の安定供給ができるようになった半面、オーナーシップ感覚は薄れてきたようですね。

吉崎電気のありがたみも失せて、他人事のようになっている気がします。

渡部かつて日本がアメリカに戦争をしかけたきっかけは石油です。石油の供給を止められ苦しくなって、戦争に走ってしまった。石油がないと国内生産ができないだけでなく、食料を運ぶこともできない。そういう記憶があったから、戦後の人たちは一生懸命にエネルギーの確保に取り組んだのだと思います。

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エネルギー小国・日本が厳しい世界情勢の中にある現実

吉崎10年ほど前には1バレル20ドル台だった石油の値段ですが、今は100ドルくらいに上がっています。日本は貿易黒字が膨大にある国でしたが、2011年度からは赤字に転落しました。原子力発電所が止まっているため、代わりの火力発電用の燃料の輸入が3兆円以上もある。こうした状況になって今までと同じ感覚でいいのか。危機感を持たなければいけないと思います。

渡部本当です。もう一つ目を向けたいのが、エネルギーの安定供給を守っているのは誰なのかということ。海外から運んでくる石油やガスの海上輸送では、日本に近い海路は海上自衛隊が守っていますが、そこから先は同盟国のアメリカ、さらにその同盟国や友好国が守っている。こうしたことも知っておくべきです。

吉崎日本の商社はかつて国際的な資源商談で大きな顔ができました。国内に大きな需要があるため「うちはこれだけ買います」などといえたわけで、相手からすればいいお客さんだったのです。

渡部今は中国が同じような状況になっています。

吉崎日本は今後も1億2000万人の国民が必要なエネルギーを確保していかなければいけない。しかし、その日本はエネルギー資源に乏しく、厳しい世界情勢の中にある現実を国民も知る必要がありますね。

日本の貿易収支の推移

※2012年度、2013年度は予測

出典:日本貿易会調べ

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子供や孫の世代の生活を支えるために、いま、考えるべき安全保障

渡部その一方で、「そうやってエネルギーを確保して地球環境を悪くしなくても、違う生活があるんじゃないか」と考える人もいる。本当にみんなが求めていることは何なのか、国民生活の安全保障の観点から冷静に現実的に考える必要があると思います。
 安全保障とは、自分たちが生き残るために最低限必要なものを手段を尽くして守ることです。そのなかでもエネルギーは死活的に重要です。今は日本の安全保障と経済が岐路にあるときで、私たちの知恵が試されています。

吉崎2011年の1人当たりのGDPは、日本とアメリカが5万ドル、ヨーロッパの主要国が4万ドルです。中国は日本の10分の1くらいですが、ぐんぐん伸びています。日本も現状の生活水準をできれば維持して、貿易収支もできれば赤字にならないようにしていきたい。そのためのエネルギー政策を考えると、そんなに多くの選択肢はないと思います。

渡部私は自分の孫が働き盛りの年齢になる頃、つまり50年から60年後に今の私と同じくらいの生活レベルや国際的な平和を維持してあげるのが、今の世代の責任ではないかと考えています。

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原子力を減らすにしても、廃炉などのために高い技術の維持が必要

吉崎私は昨年、青森県へ行って、六ヶ所村の原子燃料サイクル施設やむつ市で建設中のリサイクル燃料備蓄センター、そして大間町で建設中の大間原子力発電所を見せてもらいました。六ヶ所村の施設には高レベル放射性廃棄物が貯蔵されています。こうした、これまで取り組んできた現実から目をそむけて、脱原発など口にできるわけがないと実感しました。

渡部高レベル放射性廃棄物の処分は大きな問題ですね。だから「原子力をやめろ」という人もいますが、やめても廃棄物は残る。また、世界には原子力を核兵器として使いたい人たちもいるわけです。そうしたテロリストなどの手に渡らないようにしっかり管理する必要がある。だから高い技術力で平和利用に徹してきた日本が簡単にやめるというわけにいきません。
 もう一つ、廃炉の問題もありますね。今後、よほど安全に関わるイノベーションがない限り、原子力は徐々に減らす方向にいくと思いますが、廃炉には何十年もかかり、技術者を維持していかないと安全に廃炉もできません。すぐに原発ゼロという方は、こうした現実を考えていないのでしょう。

吉崎インフラというと道路とか巨大な構造物を想像しがちですが、実はそうした「ハードウェア」と、制度や組織といった「システム」、将来それを支えていく「人」の3つの要素から成り立っています。たとえば伊勢神宮は、20年に一度再建します。これは人間の育成とセットなんですね。最初は10代で下働きをして、次は30代である程度まかされる、最後は50代で後進の指導もするわけです。原子力の分野でも人を育てていく必要があります。

渡部日本の高い技術が国内だけではなく、世界でも使われ、安全で効率的な原子力の運用ができれば、日本にとっても世界にとっても大きな財産になります。

吉崎実際に、原子炉の圧力容器の製造で日本製鋼所の室蘭工場が世界のほとんどのシェアを持っていて、中国をはじめさまざまな国が買いに来ています。日本の技術力が安全性の向上という面で世界に貢献しているわけです。

渡部日本は原子力発電所の深刻な事故を経験しました。「この経験をした人たちがいい加減なことはしないだろう」という一層の信用につながるように努めてほしいと願っています。

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エネルギーや原子力の話は空想論ではなく、オーナーとしての現実論が重要

吉崎理科系の技術だけでなく社会科学系の技術、たとえば管理能力とか意思決定のプロセスとか、そうした知恵のブラッシュアップも事故から学ぶべき教訓だと思います。

渡部事故によって原子力を見る目が厳しくなりました。その厳しさに耐えるものはクオリティが上がりますから、安全性を高めるチャンスにもなります。また、日本は危機管理が弱かった。日本人は最悪の事態を考えることが苦手ですね。たとえば、いじめはあるべきではないという建前が強くて、いじめを想定した対処は考えない。エネルギーや原子力の問題も、もっとリアリティのある議論をしないといけないのに、空想論のようになってしまっていたのが残念です。

吉崎昨今の脱原発の話もそうですね。

渡部単に希望や「べき論」だけで話している人がたくさんいます。

吉崎それで「電気は再生可能エネルギーでまかなえばいい」という話になってくる。

渡部私は再生可能エネルギーの持つイノベーションのポテンシャルには期待はあります。しかし、それがどのくらいの確率で起こり、いつの時点でどのくらいまかなえるのか、という冷徹な判断が必要なんです。

吉崎オーナー、当事者としての目で、いけるかどうかを見極めるということですね。

渡部これは原子力も同様で、安全性についての綿密な調査・分析をもとに、冷静にリスクや経済性などをみて、「これは廃炉にしましょう」というのもオーナーシップですね。だからといって、原子力発電がなければ経済が立ち行かないから、危険だけれども維持しようというのも極論です。
 私たちがやるべき選択は、その間にあって、知見を総動員してリスクと安全性のバランスを冷静に判断していくこと、いわば大人な対応をしていくことだと思います。

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