再生可能エネルギーに過度な
期待を抱かず、バランスよくエネルギーを
確保することが大切だと思います。

暮らしと産業を支えていくために
経済的で安定した電力供給の
あり方をしっかり考えるべきだと思います。

(ごとう みか) 1992年、電力中央研究所へ入所。ケルン大学経済研究所、
全米規制研究所、オハイオ州立大学経営大学院の客員研究員を経て、現職。
専門は経済学。国内外の電気事業制度の調査やエネルギー政策の実証分析に従事。

(とうじま わこ) 元読売新聞科学部記者。科学全般、とくに環境・エネルギー、医療・生命科学、科学技術分野で「いのち」をキーワードに科学と社会のかかわりを追う。月刊文藝春秋に「新・養生訓」を連載中。筑波大学非常勤講師も務める。

東日本大震災で改めて実感したエネルギーの大切さ

後藤東日本大震災のとき、私はシンガポールにいたんです。翌日の夜に帰ってきて、いろいろなものが落ちてきたとか、職場に一泊したとか、家族に聞いて驚きました。

東嶋私はマンションの19階に住んでいて、エレベーターが止まってしまい、階段を昇り降りして食料を買いに行ったりしました。足腰丈夫なのでなんとか対応できましたけれど、ご高齢の方などは大変だったと思います。一時はガスや水道も使えなくなりましたし。

後藤19階はつらいですね

東嶋でも東京の私たちはいいほう。被災地では3日後にようやく電気がきたとか、ガスは数か月こないとか。ようやくガスや水がきて泣いていらっしゃいましたでしょ。

後藤改めてありがたさを感じて、ほっと安心されたのでしょうね。

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節電や電気料金の値上げが産業競争力を下げてしまうことが一番の問題

東嶋その大切な電気ですが、電気料金の値上げについて「電力会社はもっとコストを削減しろ」という意見がありますね。それはもちろん大前提として、今回の値上げの主な部分は原子力発電所が稼働できず火力の燃料費が増えているからです。
 「原子力の事故が怖いから、電気料金が2倍になってもいい」という方もいらっしゃいます。でも家庭の話と産業競争力とは分けて考えなければいけないと思います。高い技術力とともに、より安いコストで製造できなければ、日本の産業の競争力は維持できません。電気が足りない、電気料金も上がるとなると、工場を海外へ移す企業も出てきます。ものづくり大国として、品質の良いものを効率よくつくってきたのに、その土台を失うことになったら大変です。

後藤安くて豊富な電力があったから日本の精密産業などが発達して、産業がしっかりしていたから家計にお金が回ってきていたわけです。ところが、福島の事故以降は「電力会社は悪いことをしている人たち」みたいな風潮になってしまいました。被災地の状況を考えると感情的になるのは仕方がない面もありますが、もう少し客観的に見て、みんなが豊かに暮らしていける国であるために何が必要かを考えていくべきだと思いますね。

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暮らしのためにも産業のためにも、まず必要なことは電力需給の安定化

東嶋「規制緩和や自由化をすればいい」といわれますが、優先順位が違う気がします。独占が悪いとか懲罰的な感情から制度改革をやろうというのなら、今やらなくてもよいのでは。
 まずやるべきことは、電力需給の安定化です。産業競争力にも、また安全や健康のためにも必要です。たとえば、省エネのため暖房を控える一方で、ヒートショックで亡くなる方が年間に約1万7000人もおられます。節電や停電で影響を受けるのは弱者ですよね。

後藤十分な電力の供給力がない状況では、何をやってもうまくいかないというのが正直なところです。ヨーロッパで電力の自由化や改革が進んだのは、発電設備に余裕があったからです。イギリスもそうですしドイツもそうです。震災後の日本は需要に対して供給量に余裕がなく、前提条件がまったく違います。規制緩和や自由化は消費者にメリットがあるといわれますが私は疑問に思っています。自由化は突き詰めていくと弱肉強食の世界なんです。
 アメリカやヨーロッパで自由化をしてから、燃料価格の高騰などで電気料金はむしろ上がっている。自由化の効果は、風力とか太陽光とか電気のメニューが増えたことです。ただ選択できれば料金が高くなってもいいのかということは日本ではあまりいわれていなくて、選べても高くなるのはいやですよね。

東嶋どれだけ高くなってもよいという人はいないでしょう。

後藤なので選べて、お得感もないといけない。しかし、原子力発電が止まり、高い燃料を買っていて、さらに高い再生可能エネルギーが増えていけば、電気料金が安くなる要因はほとんどありません。本当に消費者のための改革になるのか疑問です。

東嶋エネルギー自給率が4%しかなくて、世界中から燃料を買っていて、中東からの燃料輸入の海路防衛などエネルギーの安全保障のためにいろいろやっているなかで、日本は電気のメニューを選択したいといえる状況でしょうか。まずは安く、安定的に確保することが大事だと思います。

主な国のエネルギー自給率(2009年)

出典:ENERGY BALANCE OF OECD COUNTRIES,2011
ENERGY BALANCE OF NON-OECD COUNTRIES,2011

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再生可能エネルギーにもいくつもの問題点。欧米の現状を参考に進むべきでは

東嶋私は震災前までは、原子力や火力のような大規模集中型の電源を中心に使い、再生可能エネルギーのような小規模分散型の電源は限定的に使えばいいと思っていました。それは二重の投資になるから。しかし、震災後は防災という観点から、その土地に合う小規模分散型の電源を持つことも大事だと思うようになりました。再生可能エネルギーについてはどうお考えですか。

後藤再生可能エネルギーはコストが高いですし、設備があっても「風がないと動きません」とか「雨の日はだめですよ」とか、発電が不安定なので、設備をたくさんつくっても必ずしも思うようには使えません。
 環境にいいものが増えて、それが十分安定的に使えるのが一番望ましいのですが、時間がかかりますし、コストを払うのは電気を使う人たちです。「再生可能エネルギーが普及すると電気料金が下がる」という話には矛盾を感じます。一般の人たちが、こうした、自分がよく分からないことについてテレビでいわれると「ああ、そういうものなんだ」と思ってしまいますよね。本当は正しくないかもしれない情報を鵜呑みにしてしまうことって、けっこうあると思います。

東嶋ヨーロッパなどの現状はどうですか。

後藤自由化で競争の機能を活用してコストを下げようという話なのに、実は逆のことをやっています。つまり、競争では生き残っていけない再生可能エネルギーを増やそうと経済性を無視して補助金をたくさんつけているわけです。
 ヨーロッパでもアメリカでも根本にあるのはエネルギーの安定供給で、エネルギーを自立的にまかなうために再生可能エネルギーを増やそうとしていますが、アメリカは原子力も使っていますし、ドイツは原子力とともに大量の石炭を使っています。いろいろな手段を持っておくのが一番重要で、原子力も火力も再生可能エネルギーも持つというバランスが大事なんですね。

東嶋日本でも2012年、再生可能エネルギーの電気を買い取るFIT(固定価格買取制度)が始まりましたね。市場原理を無視した高い補助金をつけて導入を増やそうというものですが、買い取った分は消費者が負担しなくてはいけません。

後藤ええ、ドイツではこのための加算金が月1000円を超えて、さすがに環境意識の高いドイツ人も我慢の限界にきているようです。それからスペインやドイツでは、再生可能エネルギーを優先的に使うために火力発電を止めたりしないといけなくて、火力発電の稼働率が下がり採算性が悪くなっている。それで誰も火力へ投資をしなくなってきています。でも、再生可能エネルギーを増やすと発電できないときに備えたバックアップ電源がないと電力の安定性が保てません。バックアップ電源とは火力なんですね。このように、いろいろなほころびが出ているのが欧米の現状で、こうしたことを参考に、日本の進め方を考えていくことが重要ですね。

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日本の風土に合ったかたちで再生可能エネルギーの利用を進めたい

東嶋よく「海外ではこうだから、日本でも・・・」みたいな話になりますが、制度やインフラ、経済情勢、考え方など国によって条件が違うのに、まねをしてもうまくいきませんよね。特にエネルギーは風土に根ざしているものですから、「適材適所」という観点が欠かせません。再生可能エネルギーについていえば、地熱やバイオマスのように人間がある程度コントロールできるエネルギーなのか、風力や太陽光のようにコントロールできないエネルギーなのかという観点も必要だと思います。
 自給率4%の日本人はいわば電気に飢えているようなものなので、まずは大規模電源で安定供給を確保したうえで、地熱や小水力、あるいは被災した東北の瓦礫や森林の資源を活用することを考えるべきではないでしょうか。コントロールできない風力や太陽光などは余裕ができてからでも遅くはない。まずは下着。次に服や靴がほしい。マフラーや手袋、アクセサリーは余裕ができてからというような・・・。

後藤日本には風力も太陽光もあまり適地はなくて、自然環境的に限界があるんです。コスト負担の少ないかたちで少しずつやっていくのが現実的かなと思いますね。

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放射線のリスクを正しく知ることで、痛みを分け合い思いやりを持てる関係に

東嶋最後に放射線のリスクについてですが、私たちのまわりには、食中毒を起こす腸管出血性大腸菌O-157や発がん性のある化学物質、交通事故など、いろいろなリスクがあります。リスクがゼロのものなどなく、「どのくらい安全なら安心しますか」あるいは「どのくらいのリスクなら受け入れますか」ということだと思うんです。
 放射線と同じく遺伝子を損傷することで発がんにいたる大気汚染物質や水道水中の化学物質だと、生涯さらされて10万人に1人ががんで死亡するレベルを事実上安全とみなすという約束事があります。交通安全基本計画では年間死者数3000人を安全目標としています。放射線についてもこのような社会的合意をつくっておけば、「正しく怖がる」ことができる のでは、と思います。

後藤ものごとは多面的に見ないといけないということですね。

東嶋放射線のリスクを交通事故などのリスクと比較するのはけしからんという方もいらっしゃいますが、数字や確率論を使った比較は大事なことだと思います。
 また、人には感情があるのは当然ですから、自分が感情に動かされる面があることを知ったうえで、自分は今こういう反応をしているけれど、それとは別にどう考えられるだろうか、と受け止めていただけるといいなと考えています。
 「福島のものは怖いから買わない」という方もいらっしゃいますが、間違ったリスク認識が生産者の方たちを傷つけることにつながることも知っていただきたいですね。

後藤被災地の瓦礫の受け入れでも、そうしたことを感じますね。ある程度の知識を持たないと、現地の人を傷つけてしまう・・・。

東嶋ええ、不安は分かりますが、よく知ることで不安を減らせます。それが痛みを分かち合い、思いやりを持つことにつながるのかなと思います。

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